I. 銀貨の儀式
霧の深い朝だった。私は「硝子の城」の巨大な門の前に立っていた。この城の主(あるじ)は姿を見せない。ただ、城壁の至るところに張り出された羊皮紙の条文だけが、この世界の物理法則を支配している。

私は懐から、汗ばんだ銀貨を5枚取り出した。これは入城税だ。私は城の奥にある「工房」で、自らが組み上げた精巧な 「時計仕掛けの小人(ホムンクルス)」 を働かせる許可を得るために来たのだ。私の小人は、主人の時間を管理し、浪費を戒める賢い道具だった。
受付の石像は、私の銀貨を飲み込み、長い長い契約書を吐き出した。《我々は、理由の如何を問わず、汝の権利を剥奪できる》《汝が城に損害を与えた場合、汝はすべてを補償せねばならない。だが、城は汝を守らない》
私は震える手で署名した。これが、この世界の作法だからだ。そして私は、最初の一体目となる小人(v1.0)を城内へと送り出した。小人は不格好ながらも、私の指示通りに動き出した。私は安堵し、少しの手直しを加えた二体目(v1.0.1)を送り込もうとした。
その時である。
II. 理由なき断罪
突然、城壁から無数の槍が突き出し、私は泥の中へと放り出された。「なぜだ!」私は叫んだ。
城壁の隙間から、一枚の紙片が舞い落ちてくる。そこには、私の犯した「罪」が記されていた。《罪状:魂を持たぬ人形(ボット)を用いて、架空の市民を捏造した疑い》
私は目を疑った。その紙には、他にも《テロリズム》や《児童への虐待》といった、身の毛もよだつ罪状が並んでおり、私の罪もまた、それらと同列に分類されていた 。私は人間だ。銀貨も払った。手順も守った。個人のための小さな空間を作っただけだ 。
私は城に向かって異議申し立ての鐘を鳴らした。「私は人形ではない。血の通った人間だ」と 。
III. 開かない鎖
夜が明け、奇跡が起きた。城から使い鴉(カラス)が飛んできたのだ。《審議の結果、汝の追放は誤りであった。城への立ち入りを再び許可する》
事務的で、謝罪の言葉ひとつない手紙。それでも私は歓喜した。私の潔白は証明されたのだ。私は泥を払い、再び城門へと走った。合言葉を唱える。鍵が開く音がした。だが、門は動かない。最後の最後、本人確認のために鐘を一度だけ鳴らす儀式がある。私はその紐を引いた。
巨大な目玉は、瞬きひとつせず私を見下ろしていた。 私が「開けてくれ!」と叫ぶと、目玉の虹彩がぐるりと回転し、その瞳の奥に、冷たい光の文字が浮かび上がった。
《Too many failed attempts》
それは古代の言葉で、「汝、扉を叩くこと多すぎるなり」 という意味だった。 私は絶望した。助けを求めて扉を叩いた回数が、この城では「反逆」であり「攻撃」と見なされるのだ。目玉は静かに、拒絶の色を深めていった。
私は言葉を失った。「何を言うのだ? 私は一度、追放されただけだ。そして今、あなた方が誤りを認め、戻ってこいと言ったのではないか!」
目玉は瞬きもしない。「汝がどれほど扉を叩いたかは、我々の石盤に記録されている。追放された際、汝はこの扉を何度も、何度も試した。それが『異常な行動』と見なされた」
「私は無実を訴えたかっただけだ!」私は城壁を叩きながら叫んだ。だが、その声は霧に吸い込まれる。
「48時間、そこを動くでない」それが、巨大機構(システム)の最後の宣告だった。
IV. 置き去りの時間
私は城壁の外、凍えるような泥の道で立ち止まっている。
私の「時計仕掛けの小人」の片割れは、今も城の中にいるはずだ。作りかけのまま、主人が現れるのを待ちながら、一人きりで歯車を回している 。 だが、もう一体は、その未熟さを理由に、城壁のどこかで粉砕され、永遠に葬られた 。
私はただ、静かに待つしかない。この理不尽な城が、ほんの気まぐれで扉の鍵を開けてくれる、次の夜明けを。
私の小人は、まだ動いているだろうか。